東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)31号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 本願意匠と引用意匠とは、意匠に係る物品が同種のものであること、両意匠の基本的構成形態は審決認定のとおりであること、すなわち、両意匠はいずれも、本体を厚いほぼ円盤状の回転体ハウジングとして、これの後面からポンプ羽根の軸心部を突出させており、下方には平坦状の取付台座を設けており、本体の前面上端部には短く水平状に突出するパイプ連結部の吸入孔を設け、本体の上面から吐出孔パイプが垂直に立ち上がり、その上端を呼水孔(蓋)としており、垂直に立ち上がつた吐出孔パイプは途中で短く水平に屈折して突出しており、これらの諸点によつて両意匠のほぼ全体的な外郭形態は形成され、それが両意匠の基本的構成形態として両者の特徴となつており、右形態は両意匠の共通点となつていることは、当事者間に争いがない。
次に、具体的な構成態様についてみるに、本願意匠及び引用意匠をそれぞれ示すものであることについて争いのない別紙第一及び第二の記載、本願意匠登録願書に添付した図面代用写真と同一の写真であることについて争いのない甲第二号証、引用意匠を撮影拡大した写真であることについて争いのない乙第一号証、株式会社新農林社発行の昭和四三年一月三〇日付け農機新聞第一六頁下段オレゴン農機株式会社の広告欄に掲載されたスーパーキヤナルポンプSS―二五型と標記されている写真版(引用意匠と同一の意匠を別角度から撮影したもの)を撮影拡大した写真であることについて争いのない乙第二号証によれば、両意匠とも本体の前面における外周端部を角を落として面取り状に形成している点で共通していること(この点は原告も認めるところである。)、両意匠とも本体の後面には厚い板状体が形成しているが、本願意匠における板状体は、ほぼ円盤状の本体の正面と相似形で、かつ、本体の正面の面積よりやや広く、その下端部を除き、外周に接する一部がほぼ環状を成して本体の外周より張り出しているのに対し、引用意匠における板状体は、本体の正面の面積より広い面積のほぼ四角形のものであり(ただし、各辺は若干外向きに湾曲している。)、その四隅の角部分が本体の外周より張り出していること(本願意匠においても、引用意匠においても、本体の後面に板状体とほぼ同じ厚さで、外縁形状もほぼ同一である、ほぼ環状の((本願意匠))若しくは四隅の角張つた((引用意匠))フランジ部が取り付けられており、板状体はこの本体のフランジ部に当接するものである。)、本願意匠の本体は下端部を水平に切截状にしているのに対し、引用意匠の本体の正面は真円態様であること、本願意匠における右切截部の水平部分の長さは本体の外周の約六分の一であり、右切截部の面積は本体の正面を真円態様とした場合の面積の約三〇分の一であること、本願意匠における吐出孔パイプは基部を太く形成しているのに対し、引用意匠における吐出孔パイプは基部を細く、上方を太く形成していること、本願意匠においては、吐出孔パイプが途中から弧状を成して吐出孔を形成しているのに対し、引用意匠における吐出孔は、吐出孔パイプから直角に分岐して形成されていること、本願意匠にはプーリーが装着されているのに対し、引用意匠にはプーリーが装着されていないことの各事実が認められる。
(二) ところで、(1)成立に争いのない甲第三号証(株式会社新農林社発行の昭和四三年四月一日付け農機新聞第一一頁)、及び右甲号証に掲載されているハツタダイヤポンプP―七〇形と標記されている写真版を撮影拡大した写真であることについて争いのない乙第三号証によれば、本願意匠に係る物品と同種の物品である右ハツタダイヤポンプP―七〇形の吐出孔は、本体の上面から立ち上がつている吐出孔パイプの途中から弧状を成して形成されていること(別紙第三参照)、(2)同社発行の昭和四三年一月九日付け農機新聞第九頁最下段オレゴン農機株式会社の広告欄に記載のキヤナルポンプと標記されている写真版を複写したものであることについて争いのない乙第四号証によれば、本願意匠に係る物品と同種の物品である右キヤナルポンプの本体の後面には厚い板状体が形成されているが、右板状体は、ほぼ円盤状の本体の正面と相似形で、かつ、本体の正面の面積よりやや広く、その外周に接する一部がほぼ環状を成して本体の外周より張り出していること(別紙第四参照。なお、本体の後面に板状体とほぼ同じ厚さで、外縁形状もほぼ同一である、ほぼ環状のフランジ部が取り付けられており、板状体はこの本体のフランジ部に当接するものである。)、(3)同社発行の昭和四三年一月一日付け農機新聞第四八頁中段株式会社飯野製作所の広告欄に掲載されたポンプの写真版を複写したものであることについて争いのない乙第五号証によれば、本願意匠に係る物品と同種の物品である右ポンプは、本体の下端部を水平に切截状にしているものであること(別紙第五参照)の各事実が認められるところ、右(1)ないし(3)認定の写真を載せたものが業界新聞であること及び右新聞の各発行日時からすると、本願意匠に係る物品と同種の物品において、右(1)ないし(3)記載の各形状は、本件意匠登録出願前周知であつたものと認めるのが相当である。
(三) 前記(一)、(二)の認定事実に基づき、本願意匠と引用意匠をそれぞれ全体的なまとまりにおいて考察し、あわせて前記(二)、(1)ないし(3)の各形状が本件意匠登録出願前周知であつたことをも参酌すると、両意匠に共通する前記基本的構成形態が両意匠の各構成上の支配的要素として両意匠の要部をなすものと認めるのが相当である。
2(一) 原告は、審決が、両意匠は「本体の後面においては厚い板状体をもつて形成している」点で共通していると認定した点をとらえて、審決は両意匠における板状体は同一の形状のものであると誤つて認定している旨主張する。
しかし、審決は、右板状体の形状については、両意匠は本体の後面において「厚い板状体をもつて形成している」点において共通していると認定したにとどまり、右各板状体を正面から見た場合同一の形状のものであると認定していないことは前示審決の理由の要点から明らかであり、原告の右主張は理由がない。
ところで、前記1、(一)において認定したとおり、本願意匠における板状体は、ほぼ円盤状の本体の正面と相似形で、かつ本体の正面の面積よりやや広く、その下端部を除き、外周に接する一部がほぼ環状を成して本体の外周より張り出しているのに対し、引用意匠における板状体は、本体の正面の面積より広い面積のほぼ四角形のものであり、四隅の角部分が本体の外周より張り出しているところ、審決は、両意匠を対比判断するに当たり、右差異(したがつて、各板状体とほぼ同じ厚さで、ほぼ同一の外縁形状の各フランジ部の差異)について言及していないが、前記説示したとおり、本願意匠と引用意匠とは、その要部である基本的構成形態を共通にするものであり、かつ、前記1、(二)において認定したとおり、本願意匠における板状体(及びフランジ部)と同様の形態のものが、この種の物品において本件意匠登録出願前周知であつて、本願意匠における板状体(及びフランジ部)の形状が看者の注意を特にひく部分とは認め難いから、前記差異が両意匠の類否判断に影響を及ぼすべきものとは認め難く、審決が前記差異を挙示せず、これについて判断を加えなかつたからといつて、審決のした両意匠の類否判断に誤りを来すものではないというべきである。
(二) 次に、原告は、本願意匠において、本体の下端に形成されている切截部は、本体の円周の六分の一に相当する切線であつて、わずかな切欠きといえるものではなく、極めて斬新なものであり、この切截部を形成することによつて、ポンプの安定感を一層強く印象づけるものであるから、切截部の有無は細部的な差異にすぎないとした審決の認定、判断は誤りである旨主張する。
前記1、(一)において認定したとおり、引用意匠の本体の正面は真円態様であるのに対し、本願意匠の本体は下端部を水平に切截状にしているので、その部分に関しては、本願意匠の方が引用意匠よりも安定感があるとの印象を与えるものであることは否めない。しかし、前記1、(一)において認定したとおり、本願意匠における右切截部の水平部分の長さは本体の外周の約六分の一であるが、右切截部の面積は本体の正面を真円態様とした場合の面積の約三〇分の一にすぎず、切截部の面積は本体の正面の面積に比べてわずかな割合のものであること、前記1、(二)において認定したとおり、本願意匠に係る物品と同種の物品において、本体の下端部を水平に切截状にしているものがあることは本件意匠登録出願前周知であつて、本願意匠における切截部の形状が斬新なものであるとはいえないことからすると、両意匠における本体の前記差異は、要部である基本的構成形態を共通にする両意匠全体の類否判断に影響を与える程度に顕著なものであるとは認め難い。
したがつて、両意匠における本体の形状の前記差異は細部的なものであるとした審決の認定、判断に誤りはなく、原告の前記主張は理由がない。
また、原告は、本願意匠における吐出孔パイプは基部を太く形成し、その途中で曲線状に吐出孔が形成されていて、全体として流線美を呈しているのに対し、引用意匠における吐出孔パイプは基部を細く形成し、その途中で直角に岐出した吐水孔が形成されていて全体として硬い感じになつているから、審決が、「分岐部分の差異は、この部分を抽出的に比較観察するとき、その小差異点を発見できる程度のもの」であるとした判断は誤りである旨、さらに、本願意匠の吐出孔パイプの基部は太く形成され、全体に安定感があつて、審決が同一性の範囲のものが現されているとして挙示するハツタダイヤポンプP―七〇形の分岐部分とは右の点で明らかに差異があるから、審決が本願意匠の分岐部分に新規性があるとは認められず、したがつて微弱なものであるとした認定、判断は誤りである旨主張する。
前記1、(一)において認定したとおり、本願意匠においては、吐出孔パイプが途中から弧状を成して吐出孔を形成しているのに対し、引用意匠における吐出孔は、吐出孔パイプから直角に分岐して形成されているから、その部分を注目して見る限りにおいては、原告が主張するような印象を受けることは否定できない。
しかし、前記1、(二)において認定したとおり、本願意匠に係る物品と同種の物品において、吐出孔が本体の上面から立ち上がつている吐出孔パイプの途中から弧状を成して形成されているものが本件意匠登録出願前周知であり、前掲甲第二、第三号証及び乙第三号証によれば、本願意匠における吐出孔パイプの基部と、審決が挙示するハツタダイヤポンプP―七〇形(前記周知形状認定の資料とされたのは該ポンプの写真である。)における吐出孔パイプの基部との間に、太さの点で顕著な差異はないものと認められることからすると、本願意匠における吐出孔パイプの基部及び吐出孔パイプと吐出孔との分岐部分の形状に看者の注意を特にひくものがあるとは認められず、また、両意匠における吐出孔パイプの基部の太さや吐出孔パイプと吐出孔との分岐部分の形状の差異、並びに右差異によつてもたらされる原告主張の美観の差異は、両意匠の全体構成のうちの限られた一部分のものにすぎず、要部を共通にする両意匠の全体的な類否判断に影響を与える程度に顕著なものであるとは認められない。
したがつて、審決の前記認定、判断に誤りはなく、原告の前記主張は理由がないものというべきである。
なお、本願意匠にはプーリーが装着されているのに対し、引用意匠にはプーリーが装着されていないが、「その差異は看過する程度の微弱なもの」であるとした審決の判断については、原告の争わないところである。
3 以上説示したところから明らかなとおり、本願意匠と引用意匠とは、要部である基本的構成形態を同一とするものであり、両意匠間に有する差異により両意匠を非類似のものとすることはできないから、「両意匠を全体として観察するとき、基本的な構成形態である共通感に諸差異点はいずれも埋没するような細部的あるいは微弱なものであり、いまだ両意匠は全体としては相互に類似の範囲内のものと認める。」とした審決の判断に誤りはないものというべく、これに反する原告の請求の原因四、3の主張は採用できず、審決に原告主張の違法は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕 本件の特許庁における手続の経緯は左のとおりである。
原告は、昭和五五年五月一四日、昭和五四年意匠登録願第四二一六一号の本意匠登録出願に基づく類似意匠の意匠登録出願(昭和五五年意匠登録願第一九〇一四号)として、意匠に係る物品を「遠心ポンプ」、意匠に係る形態を別紙第一記載のとおりのもの(以下「本願意匠」という。)としてなした出願について昭和五八年二月四日拒絶査定を受けたので、同年三月七日審判を請求すると同時に、意匠法第一二条の規定に基づき、独立の意匠登録出願に変更し、昭和五八年審判第四五一五号事件として審理された結果、昭和六一年一一月二七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和六二年一月二九日原告に送達された。